▼2007年09月30日
訃報:鬼塚喜八郎会長死去

(Photo=StreetPride / vinko 2006年「世界バスケ」壮行試合@浦安)
ご冥福をお祈り致します。
昨年から今年にかけての協会のモメ事が、心不全の引き金になったのでしょうか。ご心労は計り知れなかったと思われます。
誰も嫌がって成り手の無かった日本バスケットボール協会・会長の座に、拝み倒されてなった鬼塚さん。一連の不祥事が解決されぬまま、この世を去る事となったのが悔やまれてなりません。
バスケットボール界、
もっとしっかりしろっ(怒)!!!
(※その流れを汲みますが、レーナこと東芝の板倉令奈選手のブログで、新リーグ開催にあたり「もっとこう工夫した方がイイ」というアイデアを募集しています。皆さんの辛口意見を投げかけてやって下さい↓)
http://itakura.reina9.com/?eid=675261
携帯から読むとリンク先に飛べないので、記事を引用いたします。
■【訃報】弊社 創業者会長 鬼塚喜八郎 逝去のお知らせ
アシックスHPプレスリリース
http://www.asics.co.jp/pressrelease/press.html?NT00000B4E
株式会社アシックス取締役会長の鬼塚喜八郎(おにつか きはちろう)が、平成19年9月29日(土)午前11時53分、神戸市立医療センター中央市民病院(所在地:神戸市中央区港島中町4丁目6番地、電話番号:078-302-4321)で心不全のため逝去いたしました。
ここに生前のご厚誼に感謝し、謹んでお知らせ致します。
詳細は下記のとおりです。
逝去者:鬼塚喜八郎(おにつか きはちろう)
株式会社アシックス取締役会長
生年月日:1918(大正7)年5月29日生まれ(満89歳)
出身地:鳥取県
喪 主:鬼塚ツネ(おにつか つね)妻
通夜・告別式:近親者のみにて密葬で執り行います。
社 葬:日程は未定です。決定次第お知らせ致します。
■鬼塚喜八郎氏死去/アシックス会長・創業者
四国新聞社 2007/09/30 00:56
http://www.shikoku-np.co.jp/national/okuyami/article.aspx?id=20070930000006
鬼塚 喜八郎氏(アシックス会長・創業者)29日、心不全のため神戸市中央区の病院で死去、89歳。鳥取市出身。葬儀・告別式は近親者のみで執り行う。喪主は妻ツネさん。
36年鳥取一中(現鳥取西高)卒。49年アシックスの前身となる鬼塚商会を設立。77年には社名をアシックスに変更し、世界的なブランドに成長させた。
■訃報:アシックス創業者の鬼塚喜八郎さん死去 89歳
毎日新聞 2007年9月30日 3時00分
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070930k0000m040125000c.html
アシックスの鬼塚喜八郎会長 大手スポーツ用品メーカー、アシックス(本社・神戸市)の創業者で会長の鬼塚喜八郎(おにつか・きはちろう)さんが29日、死去した。89歳だった。社葬の日程は未定。
鬼塚さんは鳥取県生まれ。1949年、神戸市で鬼塚商会(当時)を創業した。77年の3社合併でアシックスを発足し、社長に就任、92年から会長。連結売上高1945億円、従業員4230人(07年3月期)の世界的なメーカーに育てた。世界スポーツ用品工業連盟会長、神戸経済同友会代表幹事、日本バスケットボール協会会長なども務めた。
長野県の部隊で終戦を迎えた。「生き残った者の務めとして、次代を担う青少年のために仕事をしたい」と、履物の町・神戸で靴作りを学び、事業化した。64年の東京オリンピックでは同社製シューズなどを着用した選手が金メダル19個を獲得し、話題を集めた。
◇「子供に夢を」原点に成長
鬼塚喜八郎さんは、起業の原点を「戦後、焼け野原で見た少年少女」と語った。ヤミ商売や非行に走る子供たちに夢を与え、立ち直らせようと運動靴作りに踏み出した。この思いが無名の鬼塚商会を世界的スポーツメーカーに育てた。
創業は1949年3月。履物の町・神戸の工場に通って金型作りなどの技術を学んだ。バスケットシューズ製造では高校の部活動を見学して改良を重ね、急ストップ・急スタートに対応する凹型靴底を考案。鬼塚式タイガーバスケットシューズを誕生させた。見本を手に西日本一帯の小売店に飛び込み、売り込んだ。
マラソンシューズには空冷式オートバイの原理を応用。足の甲を覆う部分に目の粗い布を使い、周りに穴を開けて風通しを良くした。その成功もあって売上高は10億円近くに達し、64年に大阪証券取引所に上場した。
また、ローマ五輪(60年)のマラソンで優勝したエチオピアのアベベ選手が翌年、毎日マラソンで来日した際にはアベベ選手のホテルを訪ね、シューズを使うよう説得。「裸足の王者」は「世界一軽いシューズ」を履き毎日マラソンを制した。
77年に社名を「アシックス」に変更。ラテン語の「アニマ・サーナ・イン・コルポレ・サーノ」(健全なる精神は健全なる身体に宿る)の頭文字から取ったもので、創業時の決意を託した。05年の毎日新聞のインタビューでは、少年犯罪の多発などについて「大人が大きなことを怠ってきた。子供たちに正当な仲間として接し、正常な人間の営みを教える必要があった」と語った。
現在は大リーグのイチロー選手やシドニー五輪女子マラソン金メダリスト、高橋尚子選手らの特注シューズメーカーとして知られるアシックス。来年には創立60周年を記念し、本社敷地内に企業博物館「アシックス・スポーツ・ミュージアム(仮称)」を新設する計画で、鬼塚さんも完成を心待ちにしていたという。


